2013年10月6日日曜日

教員のヒキダシ 〜ウィンザーチェアの勉強会にて

教員はふだん自分のヒキダシに蓄えた知識や経験をアウトプットするのが仕事ですが、出し続けてばかりでは中身が空っぽになってしまいます。ヒキダシに新しい中身をインプットするのも大切な仕事です。とは言え日頃は業務に追われなかなかそんな時間も取れませんが、この週末はとても贅沢な学びの機会をいただきました。

信州木工会が企画してくださった、ウィンザーチェアの勉強会です。ウィンザーチェアとは17世紀頃にイギリスで作られ始めた、厚い木の座板に背もたれや脚の部材が差し込まれた形状のもの。農民など普通の人々が自分たちの暮らしのために身近な木で作り始めたのが起源で、その後何世紀もかけて洗練され、世界の椅子のデザインに影響を与えたと言われています。
私がこの勉強会に参加したのは、今年から森林文化アカデミーでもウィンザーチェア制作を授業として行なっているためです。(その経緯は過去のブログにも書いています)


2日間にわたり松本市で行われた今回の勉強会、なんといっても凄かったのは、見学したウィンザーチェアの質の高さと、講師陣の豪華さでした。初日は、松本における民芸運動をリードしてきた池田三四郎氏のコレクション。解説してくださったのは、三四郎氏の孫で松本民芸家具の常務、池田素民さん。コレクションを納める松本民芸生活館は普段は非公開で、今回は20人限定で見学を許可されました。館内では写真撮影はできませんでしたが、ウィンザーチェアの名作はもちろんのこと、家具や陶器など超一流の作品たちが並んでいます。この生活館、三四郎氏の考えに基づく人間形成の場でもあり、職人たちがここで寝起きし集団生活を営みながら工房に通っていたのです。かつて寮長を務め、今は木工職人として活躍する方からも、当時の思い出を聞かせていただきました。

 
翌日の勉強会では、最近出版された「ウィンザーチェア大全」の3人の著者が、東京・福岡・北海道から集まり、お話をされました。椅子研究の第一人者・武蔵野美術大学名誉教授の島崎信さん、ウィンザーチェアの研究と制作に携わってこられた九州産業大学名誉教授の山永耕平さん、木工関係の数多くの著作を手がける西川栄明さん。この本、ウィンザーチェアを学ぶ人にとってはこの上ない教科書です。そして会場には西洋民芸のコレクターとして知られる村田洋子さんが所蔵する、一級品のウィンザーチェアの数々が並べられました。これも普段は見ることのできないものです。

 




日本の第一人者から直接話を聞き、名品の数々を見て、触れて、座ってみる。学んだことは数え切れず、ここでも書ききれないのですが、心に残ったのは、なぜ過去のウィンザーチェアを学ぶのかということです。ものづくりの世界は、素材の選び方、加工のしかた、デザインや機能など、さまざまなことが何世代にもわたる作り手の努力によって改良、洗練されてきました。一方で、それぞれの時代に手に入る素材や資源、使える道具、社会の制度、人々の暮らしの環境などに、さまざまな制約や影響を受けてきたということでもあります。過去の作品を見る時にその両方へ目を向けることで、今の時代に何を作るべきかが見えてくる、ということでしょうか。家具の勉強会でありながら、「広い視野を持て、家具バカになるな」と講師のお一人がおっしゃっていたのも印象的でした。

2日間にわたった勉強会、先生方の講演中はもちろんのこと、夕食でも、その後の2次会でも、そして朝食の席でも休み時間も、すごい人たちとすごい椅子たちに囲まれてずーっと勉強になることばかりでした。自分のヒキダシはもうパンパンで閉まらないほど。これから少しずつ整理して授業や研究で出していきます(整理できるのかなあ)。


最後に。この勉強会は木工界の中心的な存在であり、森林文化アカデミーでも非常勤講師を務めていただいている信州の谷進一郎さんのご尽力で実現したものです。第一人者が自ら後進のために学ぶ機会を作ってくださっているからこそ、こうして過去を学ぶことができ、本当に感謝しています。自分は木工界の中では端っこにいて、他のいろんな分野とつなぐ役割だと思っていますが、どの分野であれ次の世代の人を育てることを意識して活動していかないといけないですね。