山村づくり講座では、1年生「地域調査法演習」や2年生「コミュニティデザイン総合演習」など科目を横断して、今年は「美濃和紙の里・蕨生(わらび)」で学生達とともにフィールド調査を進めます。
2014年11月のユネスコ無形文化遺産の登録で「美濃和紙」は国内外からますます注目を集めています。本年度は美濃市も和紙観光の振興に本腰を入れていますが、そこで忘れてはならないのが、手漉き和紙を生産していた山村集落、いわゆる「紙郷(しごう)」の存在です。
蕨生(わらび)地区は、そんな典型的な紙漉き集落の一つで、本美濃紙の高い生産技術を誇った村です。集落の中心部には還流残丘という珍しい地形の里山があり、和紙生産の最盛期(大正期~戦前期)に住民達が私財を投じて寄進した「八十八地蔵」が今でも残されています。他にも、和紙観光の拠点施設である「美濃和紙の里会館」が立地し、紙漉き農家の典型的な様式(漉き屋)として保存されている「古田行三邸」もあります。
山村づくり講座では、古民家リノベーション事業を行う外部団体とも連携しながら、コミュニティの活性化イベントや、地域資源を活かした新たなビジネスの立ち上げ可能性を探るための現地調査を始めています。未だ初期段階の実施中に過ぎませんが、紙漉き集落「紙郷」の奥深い文化の一端や、新たな変化が起きている場面に出会いました。
5月27日のフィールド・ノートから、その一部をご紹介しましょう。
・今年の春から、蕨地区に住み始めたJBさんは気さくなフランス人。墨絵を得意とする画家さんです。日本人の奥様と小さなお子さんと3人で、静かな環境が気に入って移住してきたそうです。
・蕨生地区発祥の字といわれる「五十村」。ここで内職の手を止めて話をしてくだったIさん。字名のいわれや、中山の周囲がちょうど一里(4㎞)であることを教えてくださいました。
・慶長院の住職さんは、かつて中山の「八十八地蔵」の前で行われていた村人の宴や、「大師講」のこと、「春秋の例大祭」が盛んだった頃の庶民の心の絆のことを教えてくださいました。
・本美濃紙保存会の会長であり人間国宝でもある澤村正さんの工房を覗いたところ、ご本人が快く私たちを招じ入れてくださり、美濃和紙のことや職人としての生き方まで、約1時間にわたり深いお話をお聞きすることができました。こうした僥倖もフィールドワークの醍醐味ですね。
横浜からやって来た若い女性のお弟子さんにもお会いして、伝統の継承に賭ける思いや、若い世代が職人を目指した経緯などにも触れることが出来ました。
専修教育部門で行う「調査実習」等の科目、生涯教育部門(森と木のオープンカレッジ)で行う「里道ガイド」等の講座、そして外部機関と協力して進める「里山インキュベーター」推進プロジェクトなど、さまざまな連携の形を作りながら、山村づくり講座では「紙郷」の活性化を目指して活動しています。それは同時に、山村を新たな視点で捉え直し、これからの社会に必要な「仕事を創り出せる人」を育てる教育活動でもあります。